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山陰スピリチュアル紀行

松江の小泉八雲の足跡

小泉八雲記念館~普門院と観月庵~城山稲荷神社

今回は日本の歴史民俗学者「小泉八雲」が愛した松江の寺社仏閣を巡り、八雲の足跡をたどりました。

小泉八雲記念館

まずは如何にして“怪談”が生まれたのか、“目に見えない世界”を表現し続けたのかを知るべく「小泉八雲記念館」へ。館内での解説は、八雲のひ孫で自身も民俗学者としてご活躍の小泉凡先生。先生は研究者として客観的に、また身内として主観的に八雲の背景を探っておられ、お話はとても興味深いものでした。
八雲は1850年、当時イギリスの保護領だった(現在はギリシャ領)レフカダ島に生まれました。父はアイルランド人、母はギリシャ人で幼い頃からギリシャ神話に惹かれていたそうです。
1890年(明治23年)、アメリカ合衆国の出版社の通信員として来日。今で言う新聞記者ですね。そんな中、この年の8月に島根県尋常中学校(現・松江北高)と島根県尋常師範学校(現・島根大学)の英語教師に命じられ松江にやってきました。
実は松江にいたのはたった1年で、翌年1891年には熊本の学校へと異動になりました。ですが松江時代に小泉セツさんと結ばれたため、
八雲の書く日本の怪談はセツさんから聞いた松江の民話が元となりました。また、イギリスにいた頃から「古事記」を愛読していたため、出雲や松江の地とも相性が良かったのだとおもいます。

記念館では八雲の一生を、写真や愛用品、取材メモや資料とともに振り返ります。館内では松江出身の俳優・松江出身の佐野史郎さんによる怪談の朗読も聞けて、入館料410円はかなりオトクです。八雲の妖怪愛、日本愛、オープンマインド(開かれた精神)が堪能できました。
所在地:島根県松江市奥谷町322

普門院と観月庵

さて、では松江の町中にある八雲お気に入りの場所へと向かいましょう。
まずは松江の古刹・普門院へ。普門院はおよそ400年前に松江城が建てられたと同時に作られたお寺です。何度か移築されていますが、3代藩主松平綱近の時代に、城の鬼門にあたる現在の位置になりました。

問題はこの寺の前にかかる橋です。

八雲の怪談「小豆とぎ橋」の舞台となりました。

普門院近くの小豆とぎ橋には夜な夜な女の幽霊が現れ、橋の下で小豆を洗っているという言い伝えがあり、この場所で「かきつばた」の歌を歌いながら歩くと良くないことが起こると言い伝えられていました。
ある日、怖いものなしのサムライが「怖いものはない!」と、かきつばたを歌いながら渡ったのです。しかし何も起こりませんでした。サムライが家まで帰ってきたとき、美しい女性が「贈り物」だと箱を手渡しました。箱を開けてみると…幼子の生首が…急いで家に入ると首を切られた我が子が横たわっていました、とさ。
なんとも後味の悪い怪談です。人間、高慢になっては行けないという教訓でしょうか。
さあ、この小豆とぎ橋、残念ながら現在普門院の前にかかっている橋ではありません。移築される前の場所にあったものでしょうか、定かではないようです。安心してみんなで渡りました。
普門院にはもう一つ歴史的有名な見どころがあります。本堂の後ろにひっそりと立っている茶室、「観月庵」です。
松平不昧公御用達だった当時の最先端にして、わびさびを極めた茶室がそのまま保存されています。丸く切り抜かれた窓からは東に上る月を。また池にはその月を映して名月を楽しんだとか。風情の極みです。
所在地:島根県松江市北田町27

城山稲荷神社

続いては八雲の毎日のお散歩コースだった城山稲荷神社へ。
当時この神社には2,000体の石狐がいたと記されていて、中でもお気に入りだった狐は今でもそのかたちを大事に引き継がれています。妖艶にシューッと伸びた首、ニターっと笑ったように見えるお狐さんが妖怪好きの八雲に気に入られた訳がわかる気もします。
ここ稲荷神社にも不思議な話があって、初代藩主・松平直政公が信州から松江に来たとき、枕元に美しい少年が現れたという。「私はあなたのすべての災難からお守り知る稲荷真左衛門です。場内に私の住む場所を作ってくださったら、火難からお守りいたしましょう」といったそうな。そこで、直政公は早々に城の敷地内のこの場所に稲荷神社を建てました。
このようないわれもあって、昔から松江の家では稲荷神社の棟札を火難除けとして置いています。八雲も自身の書籍で稲荷神社の棟札を「松江の唯一の防火設備」と紹介しました。
松江のお殿様の稲荷信仰は相当なもので、有名な10年に1度の松江の船神事「ホーランエンヤ」もここ城山稲荷神社の御神体を、川をつたって東出雲の阿太加夜神社にお運びし、祈祷をうけ、パワーを
回復させるという、壮大な神事を続けているほどです。八雲もこのパワーに魅了されたのでしょう。
所在地:島根県松江市殿町449-2
八雲が記した日本の精神文化は戦後の日本にも大きな影響を与えていて、GHQマッカーサーの副官として来日し、天皇制の維持に重要な役割を果たしたボナ・フェラーズは八雲の書籍で日本を学んでおり、「ハーン(八雲)が私に日本を愛することを教えてくれた」と八雲の長男・一雄と親友でした。
明治の時代に八雲が日本の文化や伝統美、自然を愛する心を世界に伝えてくれていなければ、戦後日本はもっと違う形で、進んでいたのかもしれません。GHQを動かした八雲の日本の原点が松江にあるというのは誇らしくもあり、恐ろしくもあり、気持ちがピーンと張りつめたのでした。

協力:河野 美知(社☆ガール)