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山陰スピリチュアル紀行

美保関、越と繋がりを探るツアー

美保神社~地主社~諏訪神社

今回は社☆ガールの本拠地でもある松江市美保関の神々のルーツと、また島根半島の玄関口でもある美保関からどんな人や神々の繋がりがうまれたのか、福岡県立大学人間社会学部の教授で、話題の著書「出雲を原郷とする人たち」を執筆された岡本雅享先生をお招きして、美保関の神社を巡り、越との繋がりを探りました。

美保神社

美保関と越との繋がりといえば、やはり大きなテーマとなるのが「御穂須須美(ミホススミ)命」
出雲国風土記には「奴奈宜波比賣命(ヌナカワヒメ)にみ娶(めと)ひまして、産みましし神、御穂須須美(ミホススミ)命、是の神坐す。故に、美保といふ。」と明記されている通り、オオクニヌシノミコトと越のヌナカワヒメの間に生まれたミホススミノミコトがいるのでこの地がミホという地名になったと記されています。手掛かりはミホススミ!が、しかし。。このミホススミが中々謎の神様で、そもそも美保神社の御本殿には祀られていません。美保神社の御祭神は事代主命(コトシロヌシノカミ)と三穂津姫(ミホツヒメ)。ミホツヒメは国譲りの後にオオクニヌシが高天原(たかあまはら)から娶った女神ということで(日本書紀記)神社見解としてもミホツヒメ=ミホススミではないとの事。
そんな中、岡本先生が気になったところが、『本殿の中の末社「大后社」に沼河比売(ヌナカワヒメ)が祀られている』事実。ヌナカワヒメこそ越の女神でミホススミの母神。ではその御子神、ミホススミは何処へ。。。
所在地:島根県松江市美保関町美保関608

地主社

美保神社本殿を出て、参道でもある青石畳通りを抜け歩くこと5分、集落の裏手にひっそりと建つのが地主社です。美保神社の境外末社としてお祀りされていますが、地元の人たちはこの地主社に祀られているのがミホススミだと言います(美保神社の公式見解では御祭神は事代主命、或いは御穂須須美命)。
またこの場所は、裏手の山から古墳が確認されたり、地主社のお社の下には縄文時代のストーンサークルがあると伝えられています。実際に地主社は今年(平成31年)真新しい社に遷宮(せんぐう)されましたが、その際、土台の部分から御祭神とされる石が確認されました。昔はこの社の横に保育園があり、地域の子どもたちは地主社に見守られながら育ったとか。地元の方たちが代々大切に守っているこの場所こそ、この地の「地主」=ミホススミノミコトではないか、と感じさせてくれるお社です。
所在地:島根県松江市美保関町美保関

諏訪神社

美保神社から車で15分北に向かって走り、日本海に出た雲津浦に諏訪神社があります。古老の言い伝えによると「国譲り神話で天津神のタケミカヅチと戦って敗れたタケミナカタがこの場所から越の国に渡り、諏訪に入って逃れた」との話もあり、岡本先生と一緒に訪ねました。
実はこの信州諏訪の神・タケミナカタ(建御名方)にも面白い伝承があり、「先代旧事本紀」(せんだいくじほんぎ)には オオクニヌシと越のヌナカワヒメとの子がタケミナカタであると記述されている事から、「ミホススミ = タケミナカタ」であるという説もあります。実際にミホススミは男神の可能もあり、社ガールとしては何か手掛かりが見つかるかと期待してまいりました。
案内して下さった地元の田中さんの話によると風土記に乗るような古い神社ではないけれども江戸時代には四十二浦巡りの参拝者が多く訪れた地域の内外から信仰を集めた神社だったとのこと。諏訪信仰がいつ頃始まったかはわかりませんでした。ただ、この雲津浦がとても深い入り江で船の交通の要所であったことから、美保関同様、他の地域との交流は盛んな地域だったと思われます。
四十二浦巡りの由来を伝える「雲州四十二浦の詠歌」の扁額(へんがく)は、拝殿内に掲げられていて、江戸末期から明治にかけての雲津浦の様子がこのような歌に詠まれています。

「雲すぎて 晴ぬと 諏訪の神風に さそわれ出る 浦の船人」

地域の諏訪信仰と、漁や交易で人が出入りする賑やかな様子が伝わります。出雲と越との人の行き来から、同じように出雲と越の両方のDNAを受け継いだミホススミ、タケミナカタが海人たちの神として同一化していったのでしょうか。
所在地:島根県松江市美保関町雲津379
先生の研究テーマである出雲の文化・信仰の伝播(でんぱ)は神話の中だけでなく、各地の地名や神社の信仰として現在も残っています。この中で、石川や富山・新潟の「越国」には、出雲の国では美保関にしか見られないミホススミが数多く祀られていることもわかりました(石川1富山1新潟13長野5群馬8埼玉1社)。美保関の名前の由来ともなったミホススミは、出雲で生まれ、のちに母神・ヌナカワヒメの越国でも大切に祀られていきました。里帰りですね。

また岡本先生は新潟県糸魚川市で近年ヌナカワヒメを地域のシンボルとしてメディア戦略をしたことで町おこしになった事例を紹介し、ぜひ、松江や美保関でも「海を介して文化を伝えた神」の象徴としてミホススミに光をあてて話題作りをしてはどうかとの提案がありました。なかなか壮大なお話ですが、このご縁を活かし、社☆ガールでもミホススミの縁を広げていきたいと思います。まずは、私たちも越国を訪問し、出雲の足跡を歩こうかと計画をしております。また皆さんにご報告します!
協力:河野 美知(社☆ガール)