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山陰スピリチュアル紀行

矢田の渡し(渡船)で巡る風土記神社

矢田の渡し・多賀神社・大海崎・十二所神社

「矢田の渡し」とは、出雲国風土記に「朝酌の促戸の渡(あさくみのせとのわたり)」と記されている松江の出雲国庁側から島根半島側に川を渡る渡船場です。同じ場所に今でも「矢田の渡しの渡船場があり、1,300年以上ものあいだ市民が利用してきましたが、近年は利用者が減って存続の危機でもあります。
社☆ガールとしてもこの歴史ある渡船を残す手伝いがしたいと思い、今回は渡船を利用した歴史探訪ツアーを企画しました。

まずは宍道湖―中海を結ぶ、松江を南北に分ける主要な河川「大橋川」を周遊。
この時期は渡り鳥が多く、目の前に広がる葦原の中州の景色は自然豊かな“葦原の中つ国”を彷彿とさせます。
渡船場のある朝酌地区は、出雲国風土記に「川辺は人々で騒がしく、家々も賑わって売り買いの人が近在から集まり自然に市場をなしている」と記されている、とても活気のある場所でした。

多賀神社

船からもきれいに見えた多賀神社。主祭神は須佐之男命です。
多賀神社には面白い伝承があり、神在月に集まった神様が境内裏手の丘から川で魚釣りをしているコトシロヌシノミコトを見物する、というのです。
毎年11月24日夕刻に神々を迎えるため、境内と裏手に結界を張り、人の出入りを禁じて、物見をする丘(=魚見塚古墳)で宮司が祝詞をあげています。
この古墳は6世紀頃の前方後円墳で、子持壺など独特な形の須恵器が発見されています。
平成28年には魚見塚古墳のわきから、風土記にも記載のある古代の官道(今でいう国道)が発見されました! 出雲国庁→矢田の渡し→千酌(日本海側)→隠岐の島、このルートが正式に解明されたとっても重要な拠点です。


この多賀神社の見どころは、本殿のお社にもあります。全国的にも珍しい「神面」が掲げられています。主祭神のスサノオはじめイザナギ・イザナミ・ウズナヒメ(宇津名媛)・コトシロヌシ・オオナムチの6柱の神々を表しているそうですが、どのお顔がどなたか想像しながらのお参りが楽しいです♪
所在地:松江市朝酌町970

大海崎

神社の社務所でお昼のお弁当をたべて、再び渡船に乗り込みました。
ここからは大橋川から中海に出ます。目の前に広がったのはまさに海(本当は湖)。宍道湖とは景色が違います。
右手には馬潟の工業地帯が広がり近代的な風景、一方左手は昔ながらの集落が見えます。最初に見えた大井集落は、風土記に「須恵器作りが盛んな地域と記されています。今でも浜や地域の田んぼを掘ると破片が出てくるとか・・・。
その先に見えてきた集落が次の上陸地点、大海崎です。風土記には景勝地できれいな水「邑美冷水(おおみのしみず)」が湧いており、男女が朝まで宴を楽しんでいた、と記されています。古代の縁結びスポットですね!
小さな集落ですがリンゴンさん(龍神さん)が祀られて趣のある漁村です。毎年4月には地区の人たちが藁船を作って海に流し、流れた方向や場所でその年の漁を占って祈願されています。ちなみに昨年はお祭りの日に海が荒れていて5分もしないうちに近くで転覆。やはり不漁だったそうです。

十二所神社

大海崎の集落に入って、地域の氏神さんに会いに行きました。
御祭神は天照大神・伊弉諾尊・伊弉冉尊・素戔嗚尊・熊野久須日尊・瑞津姫尊・田心姫尊・市杵昆日尊・天津昆売尊・活津彦根尊・天忍穂耳尊・天穂日尊の12柱の神様。日本を生んだ神様とアマテラスさんとスサノオさんの「誓約(うけい)」で産まれた神々ですね。
この神社の見どころは本殿の彫り物の素晴らしさです。誰の作品かわからないですが、芸術です。
昭和のころは正月にお神輿もでていましたが、最近では氏子や若い人が減って、集落に繰り出すことはないそうです。立派なお神輿は歳徳社で守られています。
所在地:松江市大海崎町268
風土記の時代(奈良時代)、松江城周辺はまだ沼地で栄えていません。栄えていたのは、今回渡船で巡ってきた朝酌や大井・大海崎の地域。みんな船で行き来し、暮らしや信仰の拠点も水路あってのものだったはずです。
現代でも「水の都・松江」として水辺の風景は市民だけでなく観光客も癒してくれる重要な資源です。今回のツアーで、「矢田の渡し」の歴史やそれを継いでおられる渡船組合の米原さんはまさに松江の資源そのものだ、と実感しました。
社☆ガールとしても今回のツアーをもとに、渡船で巡る歴史探訪ツアーの商品化をお手伝いしたり、船内でのガイド役として渡船の存続を応援していこうと思います。
(協力:社☆ガール 河野美知 2016.11.19)